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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1465号 判決

控訴人 住友商事株式会社

右代表者代表取締役 津浦嵩

右訴訟代理人弁護士 熊谷尚之

右同 高島照夫

右同 石井教文

右同 池口毅

右同 佐藤吉浩

被控訴人 前川昇

右訴訟代理人弁護士 稲波英治

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  被控訴人は、同人所有の居宅敷地の西側隣接地上にマンションを建築中の控訴人に対し、右マンション建築により自己の居宅及び敷地の価格が低下し、眺望が阻害され、威圧感や圧迫感により精神的苦痛を受けたと主張し、不法行為を理由として損害賠償を求めた。原審は、前記マンション建築が被控訴人の眺望利益を侵害し、不法行為を構成するとして、被控訴人の損害賠償請求の一部を認容したことから、控訴人が右判断を不服として控訴をした。

二  当事者双方の主張は、以下に付加、訂正するほか、原判決事実摘示(同三頁七行目から同七頁四行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

原判決三頁八行目の「昭和五八年一〇月ころ」を「昭和五八年九月ころ」と、同九行目の「それぞれ買い受け」を「前者を代金二五〇〇万円、後者を代金一一〇万円でそれぞれ買い受け」と、それぞれ改め、同一一行目の末尾に続けて「また、本件居宅の外観・構造及び間取りは別紙立面図及び平面図記載のとおりである。」を加え、同末行の「七二〇―七」を「七二〇番七」と、同四頁三行目の「同年」を「平成一〇年」と、それぞれ改め、同六頁五行目の「周辺は、」の次に「近年、」を加える。

(控訴人の補足的主張)

眺望利益は、もともと観望者と景観との間に遮蔽物が存在しないことに伴う事実上の利益にすぎないから、その法的保護の要件として、当該眺望が保護を受けるに相応しいものであることを要するとする一方、眺望阻害行為の違法性については、受忍限度の観点から検討を加え、眺望の生活利益を日照や通風等の生活利益と対比して下位に位置づけて厳密な評価をするのが従前の裁判例の大勢である。

控訴人及び被控訴人の所有地の属する地域の都市計画法上の用途区分は「第一種中高層住居専用地域」(平成五年に都市計画法が改正される前は「第二種住居専用地域」)であって、もともとマンション等中高層住宅の建築が促進されている地域であり、被控訴人が住宅敷地を購入した昭和五八、九年当時も、都市近郊の新興住宅地の一角であったもので、少なくとも近い将来において急激に都市化し、土地の高度利用が進むことが予測可能であった。

そして、被控訴人が、眺望良好な住宅地として土地を購入したものであったとしても、右眺望は、隣接地所有者との間に地役権の設定等の眺望確保のための法的手続をとっていない以上、一般的な都市景観にすぎず、第三者の私権を制約しうるだけの客観的な価値を有するものとはいえないし、本件居宅の敷地の形状や建物の配置・間取り・開口部などからみても、本件マンション建築により本件居宅の二階部分の西南角及び北東角の洋室以外の日常起居する居室からの眺望の阻害があるともいいえない。

そのうえ、控訴人が本件マンションの建築をするに際しては、都市計画法、建築基準法等の関係法規を遵守し、これらに適合するようとりはからうことはもちろん、平成六年一〇月から地元自治会や水利組合などに対する説明や協議を行い、平成八年五月一八日には、地元自治会との間に建物の規模、構造、配置等に関する協定を取り交わして建築を進めてきており、本件居宅との関係でも、控訴人所有地の宅盤を切下げることにより建物の高さを極力低くするようにし、隣接地との間に法面を設けて空間の確保をはかるなどの対応をしてきている。

以上からして、控訴人において、被控訴人の主張するような眺望権侵害を理由とする不法行為責任を負うことはない。

(被控訴人の補足的主張)

本件マンション建築は、控訴人が、郊外の田園風景の残る未開発地域に新たに用地を取得したうえで、膨大な利潤追求を唯一の目的として、被控訴人らの従前の良好な住宅環境を破壊する一四階建ものマンションを建築するもので、他人の眺望を阻害しながら、自己の利益を追求することは信義則や権利濫用の禁止の法理に照らしても許されない。

理由

一  当裁判所は、被控訴人の請求は理由がなく棄却すべきであると判断するが、その理由は、以下のとおりである。

二  前提となる事実関係

以下に、加除、訂正するほか、原判決理由の一(同七頁九行目から同一三頁四行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七頁九行目の「所有」の次に「とその構造等」を加え、同行から一〇行目の「甲一ないし三、七」を「甲一ないし三、五ないし七、一〇、一一」と、同一二行目の「乙一ないし九、検乙一ないし四」を「乙一ないし一二、検乙一ないし八」と、それぞれ改める。

2  同八頁一行目の「本件居宅」から同八行目の「存しない。」までを以下のとおり改める。

「本件居宅及び本件マンションは、大阪府東部の生駒山地の東西斜面に位置する四條畷市の北西部の市街化区域(すでに市街地を形成している区域及びおおむね十年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域をいう。都市計画法七条二項参照)の交通網の拠点とされるJR片町線(学研都市線)忍ケ丘駅(同線は平成九年三月のJR東西線の開通により京橋駅から大阪市内へ伸張され、尼崎を経由して宝塚・神戸方面とも連絡するようになった。)から北東に徒歩約七分の位置にあり(以下、右各建物の所在区域を「本件区域」ともいう。)、忍ケ丘駅周辺部では、既に、街路が整備されて中高層の住宅や商業施設が立ち並んでおり、これに隣接する本件区域は、被控訴人が本件居宅の敷地を購入した昭和五八、九年はもちろん、本件居宅を建築した昭和六一年当時、都市計画法上の用途地域として「第二種住居専用地域」(中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するために定める地域をいう。同法九条三項参照)に指定されており、平成五年に都市計画法が改正されて用途地域が細分化されたことに伴い平成七年に「第一種中高層住居専用地域」(中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するために定める地域をいう。なお、主として中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するために定める地域は「第二種中高層住居専用地域」に別途区分された。同法九条三、四項参照)に指定された。本件区域付近には、現在のところ、本件マンションのような一〇階を超える高層の建物は建築されていないが、近接する枚方市や寝屋川市では、中高層の戸数数十から二〇〇前後のマンションが平成九年から一〇年にかけて順次、販売され、あるいは工事中である。」

3  同八頁一二行目の「であって、」の次に「その外観・構造及び間取りは別紙立面図及び平面図記載のとおりであり、」を加え、同九頁一行目の「がなく、」から同六行目末尾までを「はなかった。」と改める。

4  同九頁八行目の「として建築されているもの」を「とし、平成八年一〇月二一日に都市計画法に基づく開発許可を、同年一二月九日に建築基準法に基づく建築確認をそれぞれ得て建築中のもの」と改め、同一〇頁五行目の「別紙図面記載のとおり」の次に「((A)が本件居宅、(B)が本件マンション)」を加え、同七行目の「竹藪、畑、荒れ地」を「竹、雑木、雑草などが繁茂し、菜園や残土・塵芥の捨て場」と改め、同一一頁一二行目の「実質的な代表者」の前に「委員長代行として」を加える。

5  同一二頁三行目の「開始され、」の次に「宅盤が切下げられたうえ、」を加え、同七行目の「遅くとも」から同一三頁四行目末尾の「できる)。」までを次のとおり改める。

「本件居宅は、前記2にみる構造・間取りによれば、一階はテラスが、二階はバルコニーがそれぞれ設けられた各南側部分にその主要開口部があり、本件マンションの建築によりその眺望に影響を受けると見込まれる個所は、一階では、玄関、北西角の浴室及び北側台所、二階では、南西角の洋室、西側吹き抜け・階段部分、北西角の便所及び北側洋室であって、居宅部分の眺望への影響が見込まれる個所は、二階の、南西角の洋室及び北側洋室の二室に限られ、なお、右二階北側洋室からの眺望は、本件マンションの建築後は、参番館の東側壁面により、その視野の左半分ないし三分の一が遮断されることになる。」

三  被控訴人の本件居宅の眺望の利益の内容とその侵害による控訴人の不法行為の成否

ところで、建物居住者の眺望の利益は、建物の所有ないし占有と密接に結びついた生活利益ではあるが、右建物の所有者ないし占有者が建物自体について有する排他的、独占的な支配と同じ意味で支配、享受できる利益ではなく、たまたま特定の場所を占有することから事実上享受しうる利益にすぎないものであることと、四囲の客観的状況の変化による内容の変容が本来的に内包されているものであることからいって、そのすべてが法的保護の対象となるものではないのであって、その眺望が社会観念上独自の生活利益として承認されるべき重要性を有している場合にはじめて法的保護の対象となるというべきである。そして、右法的保護の対象となる眺望利益の侵害がなされた場合に、それが、被侵害者に対する関係で違法不当な侵害となるのは、被害建物の立地環境、位置、構造、眺望状況、建築・使用目的、加害建物の立地環境、位置、構造、眺望妨害の状況、建築・使用目的、眺望妨害についての害意の有無等を含む諸般の事情を勘案して受忍限度を越えると認められる場合に限られるというべきである。

これを、本件においてみるに、前記認定事実によれぱ、本件居宅の眺望は、中高層住宅の利用を前提とする「第一種中高層住居専用地域」(平成五年の都市計画法改正前は「第二種住居専用地域」)における一般住宅の眺望であって、被控訴人が主張するように、不動産業者から見晴らしの良い土地として本件居宅敷地を紹介され、これを購入したとしても、当該業者が近隣地も所有して、被控訴人の敷地の眺望を権利として保証・容認したり、近隣地所有者との間に眺望を目的とする地役権を設定したわけではなく、単に、本件居宅敷地が付近より高台に位置し、周辺が未開発であったことからこれまで眺望利益を享受しえたにすぎないものであることが明らかであるから、右のような本件居宅の眺望を法的保護に値する生活利益であるとみることは極めて困難であると考えられる。そして、右の点を肯認しうる余地があるとしても、前記本件居宅の眺望の性質、内容に、控訴人が都市計画法上の用途区分に沿った高度利用を目的として取得した土地に都市計画法、建築基準法等の建築関係法規に従い、必要な開発許可や建築確認を得たうえ、地元自治会や水利組合などに対する説明や協議を行い、地元自治会との間に建物の規模、構造、配置等に関する協定を取り交わして本件マンション建築を実行してきていること(右建築が被控訴人ら近隣者に対する害意があるものとは到底認めがたい。)などを考慮すれぱ、本件にあっては、いまだ受忍限度を越えることの立証がないというほかないから、眺望利益の侵害を理由とする損害賠償請求は理由がない。

四  被控訴人の本件マンション建築による価格低下を理由とする損害賠償請求及び威迫感・圧迫感を理由とする損害賠償請求の成否

被控訴人は、本件マンション建築により財産的、精神的損害を蒙ったとしてその賠償を求めるが、前記認定事実によれば、本件マンションの建築が違法とは認めがたいから、被控訴人の右各請求は理由がない。

五  結論

よって、右と結論を異にする原判決は失当であるから、原判決中、控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官 横田勝年 岡原剛)

〈以下省略〉

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